0101 サウルの死後、ダビデはアマレク人を打ち破って帰り、二日間、ツィケラグに滞在した。
0102 三日目に、突然、ひとりの男がサウルの陣営からやって来た。その着物は裂け、頭には土をかぶっていた。彼は、ダビデのところに来ると、地にひれ伏して、礼をした。
0103 ダビデは言った。「どこから来たのか。」彼はダビデに言った。「イスラエルの陣営からのがれて来ました。」
0104 ダビデは彼に言った。「状況はどうか、話してくれ。」すると彼は言った。「民は戦場から逃げ、また民の多くは倒れて死に、サウルも、その子ヨナタンも死にました。」
0105 ダビデは、その報告をもたらした若者に言った。「サウルとその子ヨナタンが死んだことを、どうして知ったのか。」
0106 報告をもたらした若者は言った。「私は、たまたま、ギルボア山にいましたが、ちょうどその時、サウルは槍にもたれ、戦車と騎兵があの方に押し迫っていました。
0107 サウルが振り返って、私を見て呼びました。私が『はい』と答えると、
0108 サウルは私に、『おまえはだれだ』と言いましたので、『私はアマレク人です』と答えますと、
0109 サウルが、『さあ、近寄って、私を殺してくれ。まだ息があるのに、ひどいけいれんが起こった』と言いました。
0110 そこで私は近寄って、あの方を殺しました。もう倒れて生きのびることができないとわかったからです。私はその頭にあった王冠と、腕についていた腕輪を取って、ここに、あなたさまのところに持ってまいりました。」
0111 すると、ダビデは自分の衣をつかんで裂いた。そこにいた家来たちもみな、そのようにした。
0112 彼らは、サウルのため、その子ヨナタンのため、また、【主】の民のため、イスラエルの家のためにいたみ悲しんで泣き、夕方まで断食した。彼らが剣に倒れたからである。
0113 ダビデは自分に報告した若者に言った。「おまえはどこの者か。」若者は答えた。「私はアマレク人で、在留異国人の子です。」
0114 ダビデは言った。「【主】に油そそがれた方に、手を下して殺すのを恐れなかったとは、どうしたことか。」
0115 ダビデは若者のひとりを呼んで言った。「近寄って、これを打て。」そこで彼を打ち殺した。
0116 そのとき、ダビデは彼に言った。「おまえの血は、おまえの頭にふりかかれ。おまえ自身の口で、『私は【主】に油そそがれた方を殺した』と言って証言したからである。」
0117 ダビデは、サウルのため、その子ヨナタンのために、この哀歌を作り、
0118 この弓の歌をユダの子らに教えるように命じた。これはヤシャルの書にしるされている。
0119 「イスラエルの誉れは、おまえの高き所で殺された。ああ、勇士たちは倒れた。
0120 これをガテに告げるな。アシュケロンのちまたに告げ知らせるな。ペリシテ人の娘らを喜ばせないために。割礼のない者の娘らを勝ち誇らせないために。
0121 ギルボアの山々よ。お前たちの上に、露は降りるな。雨も降るな。いけにえがささげられた野の上にも。そこでは勇士たちの盾は汚され、サウルの盾に油も塗られなかった。
0122 ただ、殺された者の血、勇士たちのあぶらのほかは。ヨナタンの弓は、退いたことがなく、サウルの剣は、むなしく帰ったことがなかった。
0123 サウルもヨナタンも、愛される、りっぱな人だった。生きているときにも、死ぬときにも離れることなく、鷲よりも速く、雄獅子よりも強かった。
0124 イスラエルの娘らよ。サウルのために泣け。サウルは紅の薄絹をおまえたちにまとわせ、おまえたちの装いに金の飾りをつけてくれた。
0125 ああ、勇士たちは戦いのさなかに倒れた。ヨナタンはおまえの高き所で殺された。
0126 あなたのために私は悲しむ。私の兄弟ヨナタンよ。あなたは私を大いに喜ばせ、あなたの私への愛は、女の愛にもまさって、すばらしかった。
0127 ああ、勇士たちは倒れた。戦いの器はうせた。」
0201 この後、ダビデは【主】に伺って言った。「ユダの一つの町へ上って行くべきでしょうか。」すると【主】は彼に、「上って行け」と仰せられた。ダビデが、「どこへ上るのでしょうか」と聞くと、主は、「ヘブロンへ」と仰せられた。
0202 そこでダビデは、ふたりの妻、イズレエル人アヒノアムと、ナバルの妻であったカルメル人アビガイルといっしょに、そこへ上って行った。
0203 ダビデは、自分とともにいた人々を、その家族といっしょに連れて上った。こうして彼らはヘブロンの町々に住んだ。
0204 そこへユダの人々がやって来て、ダビデに油をそそいでユダの家の王とした。ヤベシュ・ギルアデの人々がサウルを葬った、ということがダビデに知らされたとき、
0205 ダビデはヤベシュ・ギルアデの人々に使いを送り、彼らに言った。「あなたがたの主君サウルに、このような真実を尽くして、彼を葬ったあなたがたに、【主】の祝福があるように。
0206 今、【主】があなたがたに恵みとまことを施してくださるように。この私も、あなたがたがこのようなことをしたので、善をもって報いよう。
0207 さあ、強くあれ。勇気のある者となれ。あなたがたの主君サウルは死んだが、ユダの家は私に油をそそいで、彼らの王としたのだ。」
0208 一方、サウルの将軍であったネルの子アブネルは、サウルの子イシュ・ボシェテをマハナイムに連れて行き、
0209 彼をギルアデ、アシュル人、イズレエル、エフライム、ベニヤミン、全イスラエルの王とした。
0210 サウルの子イシュ・ボシェテは、四十歳でイスラエルの王となり、二年間、王であった。ただ、ユダの家だけはダビデに従った。
0211 ダビデがヘブロンでユダの家の王であった期間は、七年六か月であった。
0212 ネルの子アブネルは、サウルの子イシュ・ボシェテの家来たちといっしょにマハナイムを出て、ギブオンへ向かった。
0213 一方、ツェルヤの子ヨアブも、ダビデの家来たちといっしょに出て行った。こうして彼らはギブオンの池のそばで出会った。一方は池のこちら側に、他方は池の向こう側にとどまった。
0214 アブネルはヨアブに言った。「さあ、若い者たちを出して、われわれの前で闘技をさせよう。」ヨアブは言った。「出そう。」
0215 そこで、ベニヤミンとサウルの子イシュ・ボシェテの側から十二人、ダビデの家来たちから十二人が順番に出て行った。
0216 彼らは互いに相手の頭をつかみ、相手のわき腹に剣を刺し、一つになって倒れた。それでその所はヘルカテ・ハツリムと呼ばれた。それはギブオンにある。
0217 その日、戦いは激しさをきわめ、アブネルとイスラエルの兵士たちは、ダビデの家来たちに打ち負かされた。
0218 そこに、ツェルヤの三人の息子、ヨアブ、アビシャイ、アサエルが居合わせた。アサエルは野にいるかもしかのように、足が早かった。
0219 アサエルはアブネルのあとを追った。右にも左にもそれずに、アブネルを追った。
0220 アブネルは振り向いて言った。「おまえはアサエルか。」彼は答えた。「そうだ。」
0221 アブネルは彼に言った。「右か左にそれて、若者のひとりを捕らえ、その者からはぎ取れ。」しかしアサエルは、アブネルを追うのをやめず、ほかへ行こうともしなかった。
0222 アブネルはもう一度アサエルに言った。「私を追うのをやめて、ほかへ行け。なんでおまえを地に打ち倒すことができよう。どうしておまえの兄弟ヨアブに顔向けができよう。」
0223 それでもアサエルは、ほかへ行こうとはしなかった。それでアブネルは、槍の石突きで彼の下腹を突き刺した。槍はアサエルを突き抜けた。アサエルはその場に倒れて、そこで死んだ。アサエルが倒れて死んだ場所に来た者はみな、立ち止まった。
0224 しかしヨアブとアビシャイは、アブネルのあとを追った。彼らがアマの丘に来たとき太陽が沈んだ。アマはギブオンの荒野の道沿いにあるギアハの手前にあった。
0225 ベニヤミン人はアブネルに従って集まり、一団となって、そこの丘の頂上に立った。
0226 アブネルはヨアブに呼びかけて言った。「いつまでも剣が人を滅ぼしてよいものか。その果ては、ひどいことになるのを知らないのか。いつになったら、兵士たちに、自分の兄弟たちを追うのをやめて帰れ、と命じるつもりか。」
0227 ヨアブは言った。「神は生きておられる。もし、おまえが言いださなかったなら、確かに兵士たちは、あしたの朝まで、自分の兄弟たちを追うのをやめなかっただろう。」
0228 ヨアブが角笛を吹いたので、兵士たちはみな、立ち止まり、もうイスラエルのあとを追わず、戦いもしなかった。
0229 アブネルとその部下たちは、一晩中アラバを通って行き、ヨルダン川を渡り、午前中、歩き続けて、マハナイムに着いた。
0230 一方、ヨアブはアブネルを追うのをやめて帰った。兵士たちを全部集めてみると、ダビデの家来十九人とアサエルがいなかった。
0231 ダビデの家来たちは、アブネルの部下であるベニヤミン人のうち三百六十人を打ち殺していた。
0232 彼らはアサエルを運んで、ベツレヘムにある彼の父の墓に葬った。ヨアブとその部下たちは、一晩中歩いて、夜明けごろ、ヘブロンに着いた。
0301 サウルの家とダビデの家との間には、長く戦いが続いた。ダビデはますます強くなり、サウルの家はますます弱くなった。
0302 ヘブロンでダビデに子どもが生まれた。長子はイズレエル人アヒノアムによるアムノン。
0303 次男はカルメル人でナバルの妻であったアビガイルによるキルアブ。三男はゲシュルの王タルマイの娘マアカの子アブシャロム。
0304 四男はハギテの子アドニヤ。五男はアビタルの子シェファテヤ。
0305 六男はダビデの妻エグラによるイテレアム。これらはヘブロンでダビデに生まれた子どもである。
0306 サウルの家とダビデの家とが戦っている間に、アブネルはサウルの家で勢力を増し加えていた。
0307 サウルには、そばめがあって、その名はリツパといい、アヤの娘であった。あるときイシュ・ボシェテはアブネルに言った。「あなたはなぜ、私の父のそばめと通じたのか。」
0308 アブネルはイシュ・ボシェテのことばを聞くと、激しく怒って言った。「この私が、ユダの犬のかしらだとでも言うのですか。今、私はあなたの父上サウルの家と、その兄弟と友人たちとに真実を尽くして、あなたをダビデの手に渡さないでいるのに、今、あなたは、あの女のことで私をとがめるのですか。
0309 【主】がダビデに誓われたとおりのことを、もし私が彼に果たせなかったなら、神がこのアブネルを幾重にも罰せられますように。
0310 サウルの家から王位を移し、ダビデの王座を、ダンからベエル・シェバに至るイスラエルとユダの上に堅く立てるということを。」
0311 イシュ・ボシェテはアブネルに、もはや一言も返すことができなかった。アブネルを恐れたからである。
0312 アブネルはダビデのところに使いをやって言わせた。「この国はだれのものでしょう。私と契約を結んでください。そうすれば、私は全イスラエルをあなたに移すのに協力します。」
0313 ダビデは言った。「よろしい。あなたと契約を結ぼう。しかし、それには一つの条件がある。というのは、あなたが私に会いに来るとき、まずサウルの娘ミカルを連れて来なければ、あなたは私に会えないだろう。」
0314 それからダビデはサウルの子イシュ・ボシェテに使いをやって言わせた。「私がペリシテ人の陽の皮百をもってめとった私の妻ミカルを返していただきたい。」
0315 それでイシュ・ボシェテは人をやり、彼女をその夫、ライシュの子パルティエルから取り返した。
0316 その夫は泣きながら彼女についてバフリムまで来たが、アブネルが、「もう帰りなさい」と言ったので、彼は帰った。
0317 アブネルはイスラエルの長老たちと話してこう言った。「あなたがたは、かねてから、ダビデを自分たちの王とすることを願っていたが、
0318 今、それをしなさい。【主】がダビデについて、『わたしのしもべダビデの手によって、わたしはわたしの民イスラエルをペリシテ人の手、およびすべての敵の手から救う』と仰せられているからだ。」
0319 アブネルはまた、ベニヤミン人とじかに話し合ってから、ヘブロンにいるダビデのところへ行き、イスラエルとベニヤミンの家全体とが望んでいることをすべて彼の耳に入れた。
0320 アブネルが二十人の部下を連れてヘブロンのダビデのもとに来たとき、ダビデはアブネルとその部下の者たちのために祝宴を張った。
0321 アブネルはダビデに言った。「私は、全イスラエルをわが主、王のもとに集めに出かけます。そうして彼らがあなたと契約を結び、あなたが、望みどおりに治められるようにしましょう。」それでダビデはアブネルを送り出し、彼は安心して出て行った。
0322 ちょうどそこへ、ダビデの家来たちとヨアブが略奪から帰り、たくさんの分捕り物を持って来た。しかしそのとき、アブネルはヘブロンのダビデのもとにはいなかった。ダビデがアブネルを送り出し、もう彼は安心して出て行ったからである。
0323 ヨアブと彼についていた軍勢がみな帰って来たとき、ネルの子アブネルが王のところに来たが、王がアブネルを送り出したので、彼は安心して出て行った、ということがヨアブに知らされた。
0324 それでヨアブは王のところに来て言った。「何ということをなさったのですか。ちょうどアブネルがあなたのところに来たのに、なぜ、彼を送り出して、出て行くままにしたのですか。
0325 ネルの子アブネルが、あなたを惑わし、あなたの動静を探り、あなたのなさることを残らず知るために来たのに、お気づきにならなかったのですか。」
0326 ヨアブはダビデのもとを出てから使者たちを遣わし、アブネルのあとを追わせ、彼をシラの井戸から連れ戻させた。しかしダビデはそのことを知らなかった。
0327 アブネルがヘブロンに戻ったとき、ヨアブは彼とひそかに話すと見せかけて、彼を門のとびらの内側に連れ込み、そこで、下腹を突いて死なせ、自分の兄弟アサエルの血に報いた。
0328 あとになって、ダビデはそのことを聞いて言った。「私にも私の王国にも、ネルの子アブネルの血については、【主】の前にとこしえまでも罪はない。
0329 それは、ヨアブの頭と彼の父の全家にふりかかるように。またヨアブの家に、漏出を病む者、ツァラアトに冒された者、糸巻きをつかむ者、剣で倒れる者、食に飢える者が絶えないように。」
0330 ヨアブとその兄弟アビシャイがアブネルを殺したのは、アブネルが彼らの兄弟アサエルをギブオンでの戦いで殺したからであった。
0331 ダビデはヨアブと彼とともにいたすべての民に言った。「あなたがたの着物を裂き、荒布をまとい、アブネルの前でいたみ悲しみなさい。」そしてダビデ王は、ひつぎのあとに従った。
0332 彼らはアブネルをヘブロンに葬った。王はアブネルの墓で声をあげて泣き、民もみな泣いた。
0333 王はアブネルのために悲しみ歌って言った。「愚か者の死のように、アブネルは死ななければならなかったのか。
0334 あなたの手は縛られず、あなたの足は足かせにつながれもせずに。不正な者の前に倒れる者のように、あなたは倒れた。」民はみな、また彼のために泣いた。
0335 民はみな、まだ日のあるうちにダビデに食事をとらせようとしてやって来たが、ダビデは誓って言った。「もし私が、日の沈む前にパンでも、ほかの何物でも味わったなら、神がこの私を幾重にも罰せられますように。」
0336 民はみな、それを認めて、それでよいと思った。王のしたことはすべて、民を満足させた。
0337 それで民はみな、すなわち、全イスラエルは、その日、ネルの子アブネルを殺したのは、王から出たことではないことを知った。
0338 王は家来たちに言った。「きょう、イスラエルでひとりの偉大な将軍が倒れたのを知らないのか。
0339 この私は油そそがれた王であるが、今はまだ力が足りない。ツェルヤの子らであるこれらの人々は、私にとっては手ごわすぎる。【主】が、悪を行う者には、その悪にしたがって報いてくださるように。」