1301 その日、イエスは家を出て、湖のほとりにすわっておられた。
1302 すると、大ぜいの群衆がみもとに集まったので、イエスは舟に移って腰をおろされた。それで群衆はみな浜に立っていた。
1303 イエスは多くのことを、彼らにたとえで話して聞かされた。「種を蒔く人が種蒔きに出かけた。
1304 蒔いているとき、道ばたに落ちた種があった。すると鳥が来て食べてしまった。
1305 また、別の種が土の薄い岩地に落ちた。土が深くなかったので、すぐに芽を出した。
1306 しかし、日が上ると、焼けて、根がないために枯れてしまった。
1307 また、別の種はいばらの中に落ちたが、いばらが伸びて、ふさいでしまった。
1308 別の種は良い地に落ちて、あるものは百倍、あるものは六十倍、あるものは三十倍の実を結んだ。
1309 耳のある者は聞きなさい。」
1310 すると、弟子たちが近寄って来て、イエスに言った。「なぜ、彼らにたとえでお話しになったのですか。」
1311 イエスは答えて言われた。「あなたがたには、天の御国の奥義を知ることが許されているが、彼らには許されていません。
1312 というのは、持っている者はさらに与えられて豊かになり、持たない者は持っているものまでも取り上げられてしまうからです。
1313 わたしが彼らにたとえで話すのは、彼らは見てはいるが見ず、聞いてはいるが聞かず、また、悟ることもしないからです。
1314 こうしてイザヤの告げた預言が彼らの上に実現したのです。『あなたがたは確かに聞きはするが、決して悟らない。確かに見てはいるが、決してわからない。
1315 この民の心は鈍くなり、その耳は遠く、目はつぶっているからである。それは、彼らがその目で見、その耳で聞き、その心で悟って立ち返り、わたしにいやされることのないためである。』
1316 しかし、あなたがたの目は見ているから幸いです。また、あなたがたの耳は聞いているから幸いです。
1317 まことに、あなたがたに告げます。多くの預言者や義人たちが、あなたがたの見ているものを見たいと、切に願ったのに見られず、あなたがたの聞いていることを聞きたいと、切に願ったのに聞けなかったのです。
1318 ですから、種蒔きのたとえを聞きなさい。
1319 御国のことばを聞いても悟らないと、悪い者が来て、その人の心に蒔かれたものを奪って行きます。道ばたに蒔かれるとは、このような人のことです。
1320 また岩地に蒔かれるとは、みことばを聞くと、すぐに喜んで受け入れる人のことです。
1321 しかし、自分のうちに根がないため、しばらくの間そうするだけで、みことばのために困難や迫害が起こると、すぐにつまずいてしまいます。
1322 また、いばらの中に蒔かれるとは、みことばを聞くが、この世の心づかいと富の惑わしとがみことばをふさぐため、実を結ばない人のことです。
1323 ところが、良い地に蒔かれるとは、みことばを聞いてそれを悟る人のことで、その人はほんとうに実を結び、あるものは百倍、あるものは六十倍、あるものは三十倍の実を結びます。」
1324 イエスは、また別のたとえを彼らに示して言われた。「天の御国は、こういう人にたとえることができます。ある人が自分の畑に良い種を蒔いた。
1325 ところが、人々の眠っている間に、彼の敵が来て麦の中に毒麦を蒔いて行った。
1326 麦が芽ばえ、やがて実ったとき、毒麦も現れた。
1327 それで、その家の主人のしもべたちが来て言った。『ご主人。畑には良い麦を蒔かれたのではありませんか。どうして毒麦が出たのでしょう。』
1328 主人は言った。『敵のやったことです。』すると、しもべたちは言った。『では、私たちが行ってそれを抜き集めましょうか。』
1329 だが、主人は言った。『いやいや。毒麦を抜き集めるうちに、麦もいっしょに抜き取るかもしれない。
1330 だから、収穫まで、両方とも育つままにしておきなさい。収穫の時期になったら、私は刈る人たちに、まず、毒麦を集め、焼くために束にしなさい。麦のほうは、集めて私の倉に納めなさい、と言いましょう。』」
1331 イエスは、また別のたとえを彼らに示して言われた。「天の御国は、からし種のようなものです。それを取って、畑に蒔くと、
1332 どんな種よりも小さいのですが、生長すると、どの野菜よりも大きくなり、空の鳥が来て、その枝に巣を作るほどの木になります。」
1333 イエスは、また別のたとえを話された。「天の御国は、パン種のようなものです。女が、パン種を取って、三サトンの粉の中に入れると、全体がふくらんで来ます。」
1334 イエスは、これらのことをみな、たとえで群衆に話され、たとえを使わずには何もお話しにならなかった。
1335 それは、預言者を通して言われた事が成就するためであった。「わたしはたとえ話をもって口を開き、世の初めから隠されていることどもを物語ろう。」
1336 それから、イエスは群衆と別れて家に入られた。すると、弟子たちがみもとに来て、「畑の毒麦のたとえを説明してください」と言った。
1337 イエスは答えてこう言われた。「良い種を蒔く者は人の子です。
1338 畑はこの世界のことで、良い種とは御国の子どもたち、毒麦とは悪い者の子どもたちのことです。
1339 毒麦を蒔いた敵は悪魔であり、収穫とはこの世の終わりのことです。そして、刈り手とは御使いたちのことです。
1340 ですから、毒麦が集められて火で焼かれるように、この世の終わりにもそのようになります。
1341 人の子はその御使いたちを遣わします。彼らは、つまずきを与える者や不法を行う者たちをみな、御国から取り集めて、
1342 火の燃える炉に投げ込みます。彼らはそこで泣いて歯ぎしりするのです。
1343 そのとき、正しい者たちは、彼らの父の御国で太陽のように輝きます。耳のある者は聞きなさい。
1344 天の御国は、畑に隠された宝のようなものです。人はその宝を見つけると、それを隠しておいて、大喜びで帰り、持ち物を全部売り払ってその畑を買います。
1345 また、天の御国は、良い真珠を捜している商人のようなものです。
1346 すばらしい値うちの真珠を一つ見つけた者は、行って持ち物を全部売り払ってそれを買ってしまいます。
1347 また、天の御国は、海におろしてあらゆる種類の魚を集める地引き網のようなものです。
1348 網がいっぱいになると岸に引き上げ、すわり込んで、良いものは器に入れ、悪いものは捨てるのです。
1349 この世の終わりにもそのようになります。御使いたちが来て、正しい者の中から悪い者をえり分け、
1350 火の燃える炉に投げ込みます。彼らはそこで泣いて歯ぎしりするのです。
1351 あなたがたは、これらのことがみなわかりましたか。」彼らは「はい」とイエスに言った。
1352 そこで、イエスは言われた。「だから、天の御国の弟子となった学者はみな、自分の倉から新しい物でも古い物でも取り出す一家の主人のようなものです。」
1353 これらのたとえを話し終えると、イエスはそこを去られた。
1354 それから、ご自分の郷里に行って、会堂で人々を教え始められた。すると、彼らは驚いて言った。「この人は、こんな知恵と不思議な力をどこで得たのでしょう。
1355 この人は大工の息子ではありませんか。彼の母親はマリヤで、彼の兄弟は、ヤコブ、ヨセフ、シモン、ユダではありませんか。
1356 妹たちもみな私たちといっしょにいるではありませんか。とすると、いったいこの人は、これらのものをどこから得たのでしょう。」
1357 こうして、彼らはイエスにつまずいた。しかし、イエスは彼らに言われた。「預言者が尊敬されないのは、自分の郷里、家族の間だけです。」
1358 そして、イエスは、彼らの不信仰のゆえに、そこでは多くの奇蹟をなさらなかった。
1401 そのころ、国主ヘロデは、イエスのうわさを聞いて、
1402 侍従たちに言った。「あれはバプテスマのヨハネだ。ヨハネが死人の中からよみがえったのだ。だから、あんな力が彼のうちに働いているのだ。」
1403 実は、このヘロデは、自分の兄弟ピリポの妻ヘロデヤのことで、ヨハネを捕らえて縛り、牢に入れたのであった。
1404 それは、ヨハネが彼に、「あなたが彼女をめとるのは不法です」と言い張ったからである。
1405 ヘロデはヨハネを殺したかったが、群衆を恐れた。というのは、彼らはヨハネを預言者と認めていたからである。
1406 たまたまヘロデの誕生祝いがあって、ヘロデヤの娘がみなの前で踊りを踊ってヘロデを喜ばせた。
1407 それで、彼は、その娘に、願う物は何でも必ず上げると、誓って堅い約束をした。
1408 ところが、娘は母親にそそのかされて、こう言った。「今ここに、バプテスマのヨハネの首を盆に載せて私に下さい。」
1409 王は心を痛めたが、自分の誓いもあり、また列席の人々の手前もあって、与えるように命令した。
1410 彼は人をやって、牢の中でヨハネの首をはねさせた。
1411 そして、その首は盆に載せて運ばれ、少女に与えられたので、少女はそれを母親のところに持って行った。
1412 それから、ヨハネの弟子たちがやって来て、死体を引き取って葬った。そして、イエスのところに行って報告した。
1413 イエスはこのことを聞かれると、舟でそこを去り、自分だけで寂しい所に行かれた。すると、群衆がそれと聞いて、町々から、歩いてイエスのあとを追った。
1414 イエスは舟から上がると、多くの群衆を見、彼らを深くあわれんで、彼らの病気をいやされた。
1415 夕方になったので、弟子たちはイエスのところに来て言った。「ここは寂しい所ですし、時刻ももう回っています。ですから群衆を解散させてください。そして村に行ってめいめいで食物を買うようにさせてください。」
1416 しかし、イエスは言われた。「彼らが出かけて行く必要はありません。あなたがたで、あの人たちに何か食べる物を上げなさい。」
1417 しかし、弟子たちはイエスに言った。「ここには、パンが五つと魚が二匹よりほかありません。」
1418 すると、イエスは言われた。「それを、ここに持って来なさい。」
1419 そしてイエスは、群衆に命じて草の上にすわらせ、五つのパンと二匹の魚を取り、天を見上げて、それらを祝福し、パンを裂いてそれを弟子たちに与えられたので、弟子たちは群衆に配った。
1420 人々はみな、食べて満腹した。そして、パン切れの余りを取り集めると、十二のかごにいっぱいあった。
1421 食べた者は、女と子どもを除いて、男五千人ほどであった。
1422 それからすぐ、イエスは弟子たちを強いて舟に乗り込ませて、自分より先に向こう岸へ行かせ、その間に群衆を帰してしまわれた。
1423 群衆を帰したあとで、祈るために、ひとりで山に登られた。夕方になったが、まだそこに、ひとりでおられた。
1424 しかし、舟は、陸からもう何キロメートルも離れていたが、風が向かい風なので、波に悩まされていた。
1425 すると、夜中の三時ごろ、イエスは湖の上を歩いて、彼らのところに行かれた。
1426 弟子たちは、イエスが湖の上を歩いておられるのを見て、「あれは幽霊だ」と言って、おびえてしまい、恐ろしさのあまり、叫び声を上げた。
1427 しかし、イエスはすぐに彼らに話しかけ、「しっかりしなさい。わたしだ。恐れることはない」と言われた。
1428 すると、ペテロが答えて言った。「主よ。もし、あなたでしたら、私に、水の上を歩いてここまで来い、とお命じになってください。」
1429 イエスは「来なさい」と言われた。そこで、ペテロは舟から出て、水の上を歩いてイエスのほうに行った。
1430 ところが、風を見て、こわくなり、沈みかけたので叫び出し、「主よ。助けてください」と言った。
1431 そこで、イエスはすぐに手を伸ばして、彼をつかんで言われた。「信仰の薄い人だな。なぜ疑うのか。」
1432 そして、ふたりが舟に乗り移ると、風がやんだ。
1433 そこで、舟の中にいた者たちは、イエスを拝んで、「確かにあなたは神の子です」と言った。
1434 彼らは湖を渡ってゲネサレの地に着いた。
1435 すると、その地の人々は、イエスと気がついて、付近の地域にくまなく知らせ、病人という病人をみな、みもとに連れて来た。
1436 そして、せめて彼らに、着物のふさにでもさわらせてやってくださいと、イエスにお願いした。そして、さわった人々はみな、いやされた。
1501 そのころ、パリサイ人や律法学者たちが、エルサレムからイエスのところに来て、言った。
1502 「あなたのお弟子たちは、なぜ長老たちの言い伝えを犯すのですか。パンを食べるときに手を洗っていないではありませんか。」
1503 そこで、イエスは彼らに答えて言われた。「なぜ、あなたがたも、自分たちの言い伝えのために神の戒めを犯すのですか。
1504 神は『あなたの父と母を敬え』、また『父や母をののしる者は死刑に処せられる』と言われたのです。
1505 それなのに、あなたがたは、『だれでも、父や母に向かって、私からあなたのために差し上げられる物は、供え物になりましたと言う者は、
1506 その物をもって父や母を尊んではならない』と言っています。こうしてあなたがたは、自分たちの言い伝えのために、神のことばを無にしてしまいました。
1507 偽善者たち。イザヤはあなたがたについて預言しているが、まさにそのとおりです。
1508 『この民は、口先ではわたしを敬うが、その心は、わたしから遠く離れている。
1509 彼らが、わたしを拝んでも、むだなことである。人間の教えを、教えとして教えるだけだから。』」
1510 イエスは群衆を呼び寄せて言われた。「聞いて悟りなさい。
1511 口に入る物は人を汚しません。しかし、口から出るもの、これが人を汚します。」
1512 そのとき、弟子たちが、近寄って来て、イエスに言った。「パリサイ人が、みことばを聞いて、腹を立てたのをご存じですか。」
1513 しかし、イエスは答えて言われた。「わたしの天の父がお植えにならなかった木は、みな根こそぎにされます。
1514 彼らのことは放っておきなさい。彼らは盲人を手引きする盲人です。もし、盲人が盲人を手引きするなら、ふたりとも穴に落ち込むのです。」
1515 そこで、ペテロは、イエスに答えて言った。「私たちに、そのたとえを説明してください。」
1516 イエスは言われた。「あなたがたも、まだわからないのですか。
1517 口に入る物はみな、腹に入り、かわやに捨てられることを知らないのですか。
1518 しかし、口から出るものは、心から出て来ます。それは人を汚します。
1519 悪い考え、殺人、姦淫、不品行、盗み、偽証、ののしりは心から出て来るからです。
1520 これらは、人を汚すものです。しかし、洗わない手で食べることは人を汚しません。」
1521 それから、イエスはそこを去って、ツロとシドンの地方に立ちのかれた。
1522 すると、その地方のカナン人の女が出て来て、叫び声をあげて言った。「主よ。ダビデの子よ。私をあわれんでください。娘が、ひどく悪霊に取りつかれているのです。」
1523 しかし、イエスは彼女に一言もお答えにならなかった。そこで、弟子たちはみもとに来て、「あの女を帰してやってください。叫びながらあとについて来るのです」と言ってイエスに願った。
1524 しかし、イエスは答えて、「わたしは、イスラエルの家の失われた羊以外のところには遣わされていません」と言われた。
1525 しかし、その女は来て、イエスの前にひれ伏して、「主よ。私をお助けください」と言った。
1526 すると、イエスは答えて、「子どもたちのパンを取り上げて、小犬に投げてやるのはよくないことです」と言われた。
1527 しかし、女は言った。「主よ。そのとおりです。ただ、小犬でも主人の食卓から落ちるパンくずはいただきます。」
1528 そのとき、イエスは彼女に答えて言われた。「ああ、あなたの信仰はりっぱです。その願いどおりになるように。」すると、彼女の娘はその時から直った。
1529 それから、イエスはそこを去って、ガリラヤ湖の岸を行き、山に登って、そこにすわっておられた。
1530 すると大ぜいの人の群れが、足のなえた者、手足の不自由な者、盲人、口のきけない者、そのほか多くの人をみもとに連れて来た。そして彼らをイエスの足もとに置いたので、イエスは彼らをいやされた。
1531 それで群衆は、口のきけない者がものを言い、手足の不自由な者が直り、足のなえた者が歩き、盲人たちが見えるようになるのを見て驚いた。そして彼らはイスラエルの神をあがめた。
1532 イエスは弟子たちを呼び寄せて言われた。「かわいそうに、この群衆はもう三日間もわたしといっしょにいて、食べる物を持っていないのです。彼らを空腹のままで帰らせたくありません。途中で動けなくなるといけないから。」
1533 そこで弟子たちは言った。「このへんぴな所で、こんなに大ぜいの人に、十分食べさせるほどたくさんのパンが、どこから手に入るでしょう。」
1534 すると、イエスは彼らに言われた。「どれぐらいパンがありますか。」彼らは言った。「七つです。それに、小さい魚が少しあります。」
1535 すると、イエスは群衆に、地面にすわるように命じられた。
1536 それから、七つのパンと魚とを取り、感謝をささげてからそれを裂き、弟子たちに与えられた。そして、弟子たちは群衆に配った。
1537 人々はみな、食べて満腹した。そして、パン切れの余りを取り集めると、七つのかごにいっぱいあった。
1538 食べた者は、女と子どもを除いて、男四千人であった。
1539 それから、イエスは群衆を解散させて舟に乗り、マガダン地方に行かれた。