創世記

2901 ヤコブは旅を続けて、東の人々の国へ行った。
2902 ふと彼が見ると、野に一つの井戸があった。そしてその井戸のかたわらに、三つの羊の群れが伏していた。その井戸から群れに水を飲ませることになっていたからである。その井戸の口の上にある石は大きかった。
2903 群れが全部そこに集められたとき、その石を井戸の口からころがして、羊に水を飲ませ、そうしてまた、その石を井戸の口のもとの所に戻すことになっていた。
2904 ヤコブがその人たちに、「兄弟たちよ。あなたがたはどこの方ですか」と尋ねると、彼らは、「私たちはハランの者です」と答えた。
2905 それでヤコブは、「あなたがたはナホルの子ラバンをご存じですか」と尋ねると、彼らは、「知っています」と答えた。
2906 ヤコブはまた、彼らに尋ねた。「あの人は元気ですか。」すると彼らは、「元気です。ご覧なさい。あの人の娘ラケルが羊を連れて来ています」と言った。
2907 ヤコブは言った。「ご覧なさい。日はまだ高いし、群れを集める時間でもありません。羊に水を飲ませて、また行って、群れをお飼いなさい。」
2908 すると彼らは言った。「全部の群れが集められるまでは、そうできないのです。集まったら、井戸の口から石をころがし、羊に水を飲ませるのです。」
2909 ヤコブがまだ彼らと話しているとき、ラケルが父の羊の群れを連れてやって来た。彼女は羊飼いであったからである。
2910 ヤコブが、自分の母の兄ラバンの娘ラケルと、母の兄ラバンの羊の群れを見ると、すぐ近寄って行って、井戸の口の上の石をころがし、母の兄ラバンの羊の群れに水を飲ませた。
2911 そうしてヤコブはラケルに口づけし、声をあげて泣いた。
2912 ヤコブが、自分は彼女の父の親類であり、リベカの子であることをラケルに告げたので、彼女は走って行って、父にそのことを告げた。
2913 ラバンは、妹の子ヤコブのことを聞くとすぐ、彼を迎えに走って行き、彼を抱いて、口づけした。そして彼を自分の家に連れて来た。ヤコブはラバンに、事の次 のすべてを話した。
2914 ラバンは彼に、「あなたはほんとうに私の骨肉です」と言った。こうしてヤコブは彼のところに一か月滞在した。
2915 そのとき、ラバンはヤコブに言った。「あなたが私の親類だからといって、ただで私に仕えることもなかろう。どういう報酬がほしいか、言ってください。」
2916 ラバンにはふたりの娘があった。姉の名はレア、妹の名はラケルであった。
2917 レアの目は弱々しかったが、ラケルは姿も顔だちも美しかった。
2918 ヤコブはラケルを愛していた。それで、「私はあなたの下の娘ラケルのために七年間あなたに仕えましょう」と言った。
2919 するとラバンは、「娘を他人にやるよりは、あなたにあげるほうが良い。私のところにとどまっていなさい」と言った。
2920 ヤコブはラケルのために七年間仕えた。ヤコブは彼女を愛していたので、それもほんの数日のように思われた。
2921 ヤコブはラバンに申し出た。「私の妻を下さい。期間も満了したのですから。私は彼女のところに入りたいのです。」
2922 そこでラバンは、その所の人々をみな集めて祝宴を催した。
2923 夕方になって、ラバンはその娘レアをとり、彼女をヤコブのところに行かせたので、ヤコブは彼女のところに入った。
2924 ラバンはまた、娘のレアに自分の女奴隷ジルパを彼女の女奴隷として与えた。
2925 朝になって、見ると、それはレアであった。それで彼はラバンに言った。「何ということを私になさったのですか。私があなたに仕えたのは、ラケルのためではなかったのですか。なぜ、私をだましたのですか。」
2926 ラバンは答えた。「われわれのところでは、長女より先に下の娘をとつがせるようなことはしないのです。
2927 それで、この婚礼の週を過ごしなさい。そうすれば、あの娘もあなたにあげましょう。その代わり、あなたはもう七年間、私に仕えなければなりません。」
2928 ヤコブはそのようにした。すなわち、その婚礼の週を過ごした。それでラバンはその娘ラケルを彼に妻として与えた。
2929 ラバンは娘ラケルに、自分の女奴隷ビルハを彼女の女奴隷として与えた。
2930 ヤコブはこうして、ラケルのところにも入った。ヤコブはレアよりも、実はラケルを愛していた。それで、もう七年間ラバンに仕えた。
2931 【主】はレアがきらわれているのをご覧になって、彼女の胎を開かれた。しかしラケルは不妊の女であった。
2932 レアはみごもって、男の子を産み、その子をルベンと名づけた。それは彼女が、「【主】が私の悩みをご覧になった。今こそ夫は私を愛するであろう」と言ったからである。
2933 彼女はまたみごもって、男の子を産み、「【主】は私がきらわれているのを聞かれて、この子をも私に授けてくださった」と言って、その子をシメオンと名づけた。
2934 彼女はまたみごもって、男の子を産み、「今度こそ、夫は私に結びつくだろう。私が彼に三人の子を産んだのだから」と言った。それゆえ、その子はレビと呼ばれた。
2935 彼女はまたみごもって、男の子を産み、「今度は【主】をほめたたえよう」と言った。それゆえ、その子を彼女はユダと名づけた。それから彼女は子を産まなくなった。
3001 ラケルは自分がヤコブに子を産んでいないのを見て、姉を嫉妬し、ヤコブに言った。「私に子どもを下さい。でなければ、私は死んでしまいます。」
3002 ヤコブはラケルに怒りを燃やして言った。「私が神に代わることができようか。おまえの胎内に子を宿らせないのは神なのだ。」
3003 すると彼女は言った。「では、私のはしためのビルハがいます。彼女のところに入り、彼女が私のひざの上に子を産むようにしてください。そうすれば私が彼女によって子どもの母になれましょう。」
3004 ラケルは女奴隷ビルハを彼に妻として与えたので、ヤコブは彼女のところに入った。
3005 ビルハはみごもり、ヤコブに男の子を産んだ。
3006 そこでラケルは、「神は私をかばってくださり、私の声を聞き入れて、私に男の子を賜った」と言った。それゆえ、その子をダンと名づけた。
3007 ラケルの女奴隷ビルハは、またみごもって、ヤコブに二番目の男の子を産んだ。
3008 そこでラケルは、「私は姉と死に物狂いの争いをして、ついに勝った」と言って、その子をナフタリと名づけた。
3009 さてレアは自分が子を産まなくなったのを見て、彼女の女奴隷ジルパをとって、ヤコブに妻として与えた。
3010 レアの女奴隷ジルパがヤコブに男の子を産んだとき、
3011 レアは、「幸運が来た」と言って、その子をガドと名づけた。
3012 レアの女奴隷ジルパがヤコブに二番目の男の子を産んだとき、
3013 レアは、「なんとしあわせなこと。女たちは、私をしあわせ者と呼ぶでしょう」と言って、その子をアシェルと名づけた。
3014 さて、ルベンは麦刈りのころ、野に出て行って、恋なすびを見つけ、それを自分の母レアのところに持って来た。するとラケルはレアに、「どうか、あなたの息子の恋なすびを少し私に下さい」と言った。
3015 レアはラケルに言った。「あなたは私の夫を取っても、まだ足りないのですか。私の息子の恋なすびもまた取り上げようとするのですか。」ラケルは答えた。「では、あなたの息子の恋なすびと引き替えに、今夜、あの人があなたといっしょに寝ればいいでしょう。」
3016 夕方になってヤコブが野から帰って来たとき、レアは彼を出迎えて言った。「私は、私の息子の恋なすびで、あなたをようやく手に入れたのですから、私のところに来なければなりません。」そこでその夜、ヤコブはレアと寝た。
3017 神はレアの願いを聞かれたので、彼女はみごもって、ヤコブに五番目の男の子を産んだ。
3018 そこでレアは、「私が、女奴隷を夫に与えたので、神は私に報酬を下さった」と言って、その子をイッサカルと名づけた。
3019 レアがまたみごもり、ヤコブに六番目の男の子を産んだとき、
3020 レアは言った。「神は私に良い賜物を下さった。今度こそ夫は私を尊ぶだろう。私は彼に六人の子を産んだのだから。」そしてその子をゼブルンと名づけた。
3021 その後、レアは女の子を産み、その子をディナと名づけた。
3022 神はラケルを覚えておられた。神は彼女の願いを聞き入れて、その胎を開かれた。
3023 彼女はみごもって男の子を産んだ。そして「神は私の汚名を取り去ってくださった」と言って、
3024 その子をヨセフと名づけ、「【主】がもうひとりの子を私に加えてくださるように」と言った。
3025 ラケルがヨセフを産んで後、ヤコブはラバンに言った。「私を去らせ、私の故郷の地へ帰らせてください。
3026 私の妻たちや子どもたちを私に与えて行かせてください。私は彼らのためにあなたに仕えてきたのです。あなたに仕えた私の働きはよくご存じです。」
3027 ラバンは彼に言った。「もしあなたが私の願いをかなえてくれるのなら……。私はあなたのおかげで、【主】が私を祝福してくださったことを、まじないで知っている。」
3028 さらに言った。「あなたの望む報酬を申し出てくれ。私はそれを払おう。」
3029 ヤコブは彼に言った。「私がどのようにあなたに仕え、また私がどのようにあなたの家畜を飼ったかは、あなたがよくご存じです。
3030 私が来る前には、わずかだったのが、ふえて多くなりました。それは、私の行く先で【主】があなたを祝福されたからです。いったい、いつになったら私も自分自身の家を持つことができましょう。」
3031 彼は言った。「何をあなたにあげようか。」ヤコブは言った。「何も下さるには及びません。もし次のことを私にしてくださるなら、私は再びあなたの羊の群れを飼って、守りましょう。
3032 私はきょう、あなたの群れをみな見回りましょう。その中から、ぶち毛とまだら毛のもの全部、羊の中では黒毛のもの全部、やぎの中ではまだら毛とぶち毛のものを、取り出してください。そしてそれらを私の報酬としてください。
3033 後になってあなたが、私の報酬を見に来られたとき、私の正しさがあなたに証明されますように。やぎの中に、ぶち毛やまだら毛でないものや、羊の中で、黒毛でないものがあれば、それはみな、私が盗んだものとなるのです。」
3034 するとラバンは言った。「そうか。あなたの言うとおりになればいいな。」
3035 ラバンはその日、しま毛とまだら毛のある雄やぎと、ぶち毛とまだら毛の雌やぎ、いずれも身に白いところのあるもの、それに、羊の真っ黒のものを取り出して、自分の息子たちの手に渡した。
3036 そして、自分とヤコブとの間に三日の道のりの距離をおいた。ヤコブはラバンの残りの群れを飼っていた。
3037 ヤコブは、ポプラや、アーモンドや、すずかけの木の若枝を取り、それの白い筋の皮をはいで、その若枝の白いところをむき出しにし、
3038 その皮をはいだ枝を、群れが水を飲みに来る水ため、すなわち水ぶねの中に、群れに差し向かいに置いた。それで群れは水を飲みに来るときに、さかりがついた。
3039 こうして、群れは枝の前でさかりがついて、しま毛のもの、ぶち毛のもの、まだら毛のものを産んだ。
3040 ヤコブは羊を分けておき、その群れを、ラバンの群れのしま毛のものと、真っ黒いものとに向けておいた。こうして彼は自分自身のために、自分だけの群れをつくって、ラバンの群れといっしょにしなかった。
3041 そのうえ、強いものの群れがさかりがついたときには、いつもヤコブは群れの目の前に向けて、枝を水ぶねの中に置き、枝のところでつがわせた。
3042 しかし、群れが弱いときにはそれを置かなかった。こうして弱いのはラバンのものとなり、強いのはヤコブのものとなった。
3043 それで、この人は大いに富み、多くの群れと、男女の奴隷、およびらくだと、ろばとを持つようになった。

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