1001 印を押した者は次のとおりである。ハカルヤの子の総督ネヘミヤ、およびゼデキヤ、
1002 セラヤ、アザルヤ、エレミヤ、
1003 パシュフル、アマルヤ、マルキヤ、
1004 ハトシュ、シェバヌヤ、マルク、
1005 ハリム、メレモテ、オバデヤ、
1006 ダニエル、ギネトン、バルク、
1007 メシュラム、アビヤ、ミヤミン、
1008 マアズヤ、ビルガイ、シェマヤ。以上は祭司たちであった。
1009 次にレビ人たちでは、アザヌヤの子ヨシュア、ヘナダデの子らのうちのビヌイ、カデミエル、
1010 および、彼らの親類シェバヌヤ、ホディヤ、ケリタ、ペラヤ、ハナン、
1011 ミカ、レホブ、ハシャブヤ、
1012 ザクル、シェレベヤ、シェバヌヤ、
1013 ホディヤ、バニ、ベニヌ。
1014 次に民のかしらたちでは、パルオシュ、パハテ・モアブ、エラム、ザト、バニ、
1015 ブニ、アズガデ、ベバイ、
1016 アドニヤ、ビグワイ、アディン、
1017 アテル、ヒゼキヤ、アズル、
1018 ホディヤ、ハシュム、ベツァイ、
1019 ハリフ、アナトテ、ネバイ、
1020 マグピアシュ、メシュラム、ヘジル、
1021 メシェザブエル、ツァドク、ヤドア、
1022 ペラテヤ、ハナン、アナヤ、
1023 ホセア、ハナヌヤ、ハシュブ、
1024 ロヘシュ、ピルハ、ショベク、
1025 レフム、ハシャブナ、マアセヤ、
1026 アヒヤ、ハナン、アナン、
1027 マルク、ハリム、バアナ。
1028 このほかの民、祭司、レビ人、門衛、歌うたい、宮に仕えるしもべたち、また、国々の民と縁を絶って神の律法についた者全員、その妻、息子、娘たち、すべて理解できるまでになった者は、
1029 彼らの親類のすぐれた人々にたより、神のしもべモーセを通して与えられた神の律法に従って歩み、私たちの主、【主】のすべての命令、その定めとおきてを守り行うための、のろいと誓いとに加わった。
1030 すなわち、私たちの娘をこの地の民たちにとつがせず、また、彼らの娘を私たちの息子にめとらない。
1031 たとい、この地の民たちが安息日に、品物、すなわち、いろいろな穀物を売りに持って来ても、私たちは安息日や聖日には彼らから買わない。また、私たちは七年目には土地を休ませ、すべての負債を取り立てない。
1032 私たちは、私たちの神の宮の礼拝のために、毎年シェケルの三分の一をささげるとの命令を自分たちで定めた。
1033 これは、並べ供えるパンと、常供の穀物のささげ物、また常供の全焼のいけにえ、また、安息日、新月の祭り、例祭のいけにえ、聖なるささげ物、また、イスラエルの贖いをなす罪のためのいけにえ、さらに、私たちの神の宮のすべての用途のためであった。
1034 また私たち、祭司とレビ人と民とは、律法にしるされているとおり、私たちの神、【主】の、祭壇の上で燃やすたきぎのささげ物についてのくじを引き、毎年、定まった時に、私たちの父祖の家ごとに、それを私たちの神の宮に携えて来ることに決めた。
1035 また、私たちの土地の初なりと、あらゆる木の初なりの果実とをみな、毎年、【主】の宮に携えて来ることに決めた。
1036 また、律法にしるされているとおり、私たちの子どもと家畜の初子、および、私たちの牛や羊の初子を、私たちの神の宮に、私たちの神の宮で仕えている祭司たちのところに携えて来ることに決めた。
1037 また、私たちの初物の麦粉と、私たちの奉納物、およびあらゆる木の果実、新しいぶどう酒と油を、祭司たちのところに、私たちの神の宮の部屋に携えて来ることにした。また、私たちの土地の十分の一はレビ人たちのものとした。レビ人が、彼ら自身で私たちの農耕するすべての町から、その十分の一を集めることにした。
1038 レビ人が十分の一を集めるとき、アロンの子孫である祭司が、そのレビ人とともにいなければならない。レビ人はその十分の一の十分の一を、私たちの神の宮へ携え上り、宝物倉の部屋に納めなければならない。
1039 この部屋に、イスラエル人とレビ人たちは、穀物や、新しいぶどう酒や油の奉納物を携えて来るようになっているからである。そこには聖所の器具があり、また、当番の祭司や門衛や歌うたいもいる。こうして私たちは、私たちの神の宮をなおざりにしないのである。
1101 民のつかさたちはエルサレムに住んでいたが、ほかの民は、くじを引いて、十人のうちからひとりずつ、聖なる都エルサレムに来て住むようにし、あとの九人をほかの町々に住まわせた。
1102 すると民は、自分から進んでエルサレムに住もうとする人々をみな、祝福した。
1103 エルサレムに住んだこの州のかしらたちは次のとおりである。ユダの町々には、イスラエル人、祭司、レビ人、宮に仕えるしもべたち、ソロモンのしもべたちの子孫が、それぞれ、自分たちの町々の自分の所有地に住んだ。
1104 ユダ族とベニヤミン族のうちのある者は、エルサレムに住んだ。すなわち、ユダ族では、ウジヤの子アタヤであった。このウジヤはゼカリヤの子、順次さかのぼって、アマルヤの子、シェファテヤの子、マハラルエルの子。マハラルエルはペレツの子孫のひとりである。
1105 次にバルクの子マアセヤであった。このバルクはコル・ホゼの子、順次さかのぼって、ハザヤの子、アダヤの子、エホヤリブの子、ゼカリヤの子。ゼカリヤはシェラ人の子孫である。
1106 エルサレムに住んだペレツの子孫は合計四百六十八名の勇士であった。
1107 ベニヤミン族では次のとおりである。メシュラムの子サル。このメシュラムはヨエデの子、順次さかのぼって、ペダヤの子、コラヤの子、マアセヤの子、イティエルの子、エシャヤの子である。
1108 彼の次には、ガバイとサライで、九百二十八名。
1109 ジクリの子ヨエルが彼らの監督者であり、セヌアの子ユダが、彼の副監督者としてこの町を治めた。
1110 祭司のうちでは、エホヤリブの子エダヤと、ヤキン、
1111 神の宮のつかさセラヤであった。このセラヤはヒルキヤの子、順次さかのぼって、メシュラムの子、ツァドクの子、メラヨテの子、アヒトブの子である。
1112 なお、宮の務めをする彼らの同族で、八百二十二名。また、エロハムの子アダヤがいた。このエロハムはペラルヤの子、順次さかのぼって、アムツィの子、ゼカリヤの子、パシュフルの子、マルキヤの子である。
1113 アダヤの同族で一族のかしらたちは二百四十二名。また、アザルエルの子アマシュサイがいた。このアザルエルはアフザイの子、順次さかのぼって、メシレモテの子、イメルの子である。
1114 彼らの同族の勇士たちは百二十八名。彼らの監督者はハゲドリムの子ザブディエルであった。
1115 レビ人のうちでは、ハシュブの子シェマヤ。このハシュブはアズリカムの子、順次さかのぼって、ハシャブヤの子、ブニの子である。
1116 また、レビ人のかしらのシャベタイとエホザバデは、神の宮の外の仕事を監督していた。
1117 また、ミカの子マタヌヤがいた。ミカはアサフの子のザブディの子である。マタヌヤは、祈りのために感謝の歌を始める指揮者、バクブクヤはその兄弟たちの副指揮者であった。またシャムアの子アブダがいた。シャムアは、エドトンの子のガラルの子である。
1118 聖なる都にいるレビ人は合計二百八十四名であった。
1119 門の見張りをする門衛では、アクブとタルモン、および、彼らの同族百七十二名であった。
1120 そのほかのイスラエル人、祭司、レビ人たちは、ユダのすべての町々で、それぞれ自分のゆずりの地にいた。
1121 宮に仕えるしもべたちはオフェルに住み、ツィハとギシュパは宮に仕えるしもべたちを監督していた。
1122 エルサレムにいるレビ人の監督者はバニの子ウジであった。バニはハシャブヤの子、ハシャブヤはマタヌヤの子、マタヌヤはミカの子である。ウジはアサフの子孫の歌うたいのひとりで、神の宮の礼拝を指導していた。
1123 彼らについては王の命令があり、歌うたいたちには日課が定められていた。
1124 またユダの子ゼラフの子孫のひとりで、メシェザブエルの子ペタヘヤは、王に代わって民に関するすべての事がらを取り扱った。
1125 ユダの子孫のある者は、自分の畑に近い村々に住んだ。すなわち、キルヤテ・アルバとそれに属する村落、ディボンとそれに属する村落、エカブツェエルとその村々、
1126 ヨシュア、モラダ、ベテ・ペレテ、
1127 ハツァル・シュアル、およびベエル・シェバとそれに属する村落、
1128 ツィケラグ、およびメコナとそれに属する村落、
1129 エン・リモン、ツォルア、ヤルムテ、
1130 ザノアハ、アドラムとその村々、ラキシュとその農地、アゼカとそれに属する村落。こうして、彼らはベエル・シェバとヒノムの谷の間に住みついた。
1131 ベニヤミンの子孫は、ゲバから、ミクマス、アヤ、およびベテルとそれに属する村落、
1132 アナトテ、ノブ、アナネヤ、
1133 ハツォル、ラマ、ギタイム、
1134 ハディデ、ツェボイム、ネバラテ、
1135 ロデとオノ、および職人の谷に住んだ。
1136 レビ人のうち、ユダにいたある組はベニヤミンに加わった。
1201 シェアルティエルの子ゼルバベル、およびヨシュアといっしょに上って来た祭司とレビ人は次のとおりである。セラヤ、エレミヤ、エズラ、
1202 アマルヤ、マルク、ハトシュ、
1203 シェカヌヤ、レフム、メレモテ、
1204 イド、ギネトイ、アビヤ、
1205 ミヤミン、マアデヤ、ビルガ、
1206 シェマヤ、エホヤリブ、エダヤ、
1207 サル、アモク、ヒルキヤ、エダヤ。以上はヨシュアの時代に、祭司たちとその同族のかしらであった。
1208 また、レビ人では、ヨシュア、ビヌイ、カデミエル、シェレベヤ、ユダ、マタヌヤで、マタヌヤはその兄弟たちといっしょに感謝の歌を受け持っていた。
1209 また彼らの兄弟のバクブクヤとウニは、務めのときには、彼らの向かい側に立った。
1210 ヨシュアはエホヤキムを生み、エホヤキムはエルヤシブを生み、エルヤシブはエホヤダを生み、
1211 エホヤダはヨナタンを生み、ヨナタンはヤドアを生んだ。
1212 次に、エホヤキムの時代に祭司で一族のかしらであった者は次のとおりである。セラヤ族ではメラヤ。エレミヤ族ではハナヌヤ。
1213 エズラ族ではメシュラム。アマルヤ族ではヨハナン。
1214 メリク族ではヨナタン。シェバヌヤ族ではヨセフ。
1215 ハリム族ではアデナ。メラヨテ族ではヘルカイ。
1216 イド族ではゼカリヤ。ギネトン族ではメシュラム。
1217 アビヤ族ではジクリ。ミヌヤミン族、モアデヤ族ではピルタイ。
1218 ビルガ族ではシャムア。シェマヤ族ではヨナタン。
1219 エホヤリブ族ではマテナイ。エダヤ族ではウジ。
1220 サライ族ではカライ。アモク族ではエベル。
1221 ヒルキヤ族ではハシャブヤ。エダヤ族ではネタヌエル。
1222 エルヤシブの時代に、レビ人エホヤダ、ヨハナン、ヤドアは、一族のかしらとして登録され、また、ペルシヤ人ダリヨスの治世に祭司として登録された。
1223 レビの子孫で、一族のかしらたちは、エルヤシブの子ヨハナンの時代まで、年代記の書にしるされていた。
1224 レビ人のかしらたちは、ハシャブヤ、シェレベヤ、およびカデミエルの子ヨシュアであり、その前方に彼らの兄弟がいて、組と組が相応じて、神の人ダビデの命令に従い、賛美をし、感謝をささげた。
1225 マタヌヤ、バクブクヤ、オバデヤ、メシュラム、タルモン、アクブは門衛で、門の倉を見張っていた。
1226 以上はエホツァダクの子ヨシュアの子エホヤキムの時代と、総督ネヘミヤ、および、学者である祭司エズラの時代の人々である。
1227 彼らはエルサレムの城壁の奉献式のときに、レビ人を、彼らのいるすべての所から捜し出してエルサレムに来させ、シンバルと十弦の琴と立琴に合わせて、感謝の歌を歌いながら喜んで、奉献式を行おうとした。
1228 そこで、歌うたいたちは、エルサレムの周辺の地方や、ネトファ人の村々から集まって来た。
1229 また、ベテ・ギルガルや、ゲバとアズマベテの農地からも集まって来た。この歌うたいたちは、エルサレムの周辺に自分たちの村々を建てていたからである。
1230 祭司とレビ人は、自分たちの身をきよめ、また民と門と城壁をきよめた。
1231 そこで私は、ユダのつかさたちを城壁の上に上らせ、二つの大きな聖歌隊を編成した。一組は城壁の上を右のほうに糞の門に向かって進んだ。
1232 彼らのうしろに続いて進んだ者は、ホシャヤと、ユダのつかさたちの半分、
1233 アザルヤ、エズラ、メシュラム、
1234 および、ユダ、ベニヤミン、シェマヤとエレミヤであった。
1235 祭司のうちのある者もラッパを持って進んだ。すなわち、ヨナタンの子ゼカリヤであった。このヨナタンはシェマヤの子、順次さかのぼって、マタヌヤの子、ミカヤの子、ザクルの子、アサフの子である。
1236 また、ゼカリヤの兄弟たちシェマヤ、アザルエル、ミラライ、ギラライ、マアイ、ネタヌエル、ユダ、ハナニであって、神の人ダビデの楽器を持って続いて行った。学者エズラが彼らの先頭に立った。
1237 彼らは泉の門のところで、城壁の上り口にあるダビデの町の階段をまっすぐに上って行き、ダビデの家の上を通って、東のほうの水の門に来た。
1238 もう一組の聖歌隊は左のほうに進んだ。私は民の半分といっしょに、そのうしろに従った。そして城壁の上を進んで、炉のやぐらの上を通り、広い城壁のところに行き、
1239 エフライムの門の上を過ぎ、エシャナの門を過ぎ、魚の門と、ハナヌエルのやぐらと、メアのやぐらを過ぎて、羊の門に行った。そして彼らは監視の門で立ち止まった。
1240 こうして、二つの聖歌隊は神の宮でその位置に着いた。私も、私とともにいた代表者たちの半分も位置に着いた。
1241 また祭司たち、エルヤキム、マアセヤ、ミヌヤミン、ミカヤ、エルヨエナイ、ゼカリヤ、ハナヌヤも、ラッパを持って位置に着いた。
1242 また、マアセヤ、シェマヤ、エルアザル、ウジ、ヨハナン、マルキヤ、エラム、エゼルも位置に着いた。それから、歌うたいたちは、監督者イゼラフヤの指揮で歌った。
1243 こうして、彼らはその日、数多くのいけにえをささげて喜び歌った。神が彼らを大いに喜ばせてくださったからである。女も子どもも喜び歌ったので、エルサレムの喜びの声ははるか遠くまで聞こえた。
1244 その日、備品や、奉納物、初物や十分の一を納める部屋を管理する人々が任命され、彼らは祭司とレビ人のために、律法で定められた分を、町々の農地からそこに集めた。これは、職務についている祭司とレビ人をユダ人が見て喜んだからである。
1245 彼らおよび歌うたいや門衛たちは、ダビデとその子ソロモンの命令のとおりに、彼らの神への任務と、きよめの任務を果たした。
1246 昔から、ダビデとアサフの時代から、神に賛美と感謝をささげる歌うたいたちのかしらがいた。
1247 ゼルバベルの時代とネヘミヤの時代には、イスラエル人はみな、歌うたいと門衛のために定められた日当を支給していた。彼らはまた、レビ人には聖別したささげ物を与え、レビ人はその聖別したささげ物をアロンの子孫に渡していた。