列王記 第U

2501 ゼデキヤの治世の 九年、 十の月の十日に、バビロンの王ネブカデネザルは、その全軍勢を率いてエルサレムを攻めに来て、これに対して陣を敷き、周囲に塁を築いた。
2502 こうして町はゼデキヤ王の 十一年まで包囲されていたが、
2503 四の月の九日、町の中では、ききんがひどくなり、民衆に食物がなくなった。
2504 そのとき、町が破られ、戦士たちはみな夜のうちに、王の園のほとりにある二重の城壁の間の門の道から町を出た。カルデヤ人が町を包囲していたので、王はアラバへの道を行った。
2505 カルデヤの軍勢が王のあとを追い、エリコの草原で彼に追いついたとき、王の軍隊はみな王から離れて散ってしまった。
2506 そこでカルデヤ人は王を捕らえ、リブラにいるバビロンの王のところへ彼を連れ上り、彼に宣告を下した。
2507 彼らはゼデキヤの子らを彼の目の前で虐殺した。王はゼデキヤの目をつぶし、彼を青銅の足かせにつないで、バビロンへ連れて行った。
2508 五の月の七日──それは、バビロンの王ネブカデネザル王の 十九年であった──バビロンの王の家来、侍従長ネブザルアダンがエルサレムに来て、
2509 【主】の宮と王宮とエルサレムのすべての家を焼き、そのおもだった建物をことごとく火で焼いた。
2510 侍従長といっしょにいたカルデヤの全軍勢は、エルサレムの回りの城壁を取りこわした。
2511 侍従長ネブザルアダンは、町に残されていた残りの民と、バビロンの王に降伏した者たちと、残りの群衆を捕らえ移した。
2512 しかし、侍従長は国の貧民の一部を残し、ぶどう作りと農夫とにした。
2513 カルデヤ人は、【主】の宮の青銅の柱と、【主】の宮にある青銅の車輪つきの台と、海とを砕いて、その青銅をバビロンへ運んだ。
2514 また、灰つぼ、十能、心切りばさみ、平皿、奉仕に用いるすべての青銅の器具を奪った。
2515 また、侍従長は火皿、鉢など、純金、純銀のものを奪った。
2516 ソロモンが【主】の宮のために作った二本の柱、一つの海、車輪つきの台、これらすべての器具の青銅の重さは、量りきれなかった。
2517 一本の柱の高さは十八キュビトで、その上の柱頭も青銅で、その柱頭の高さは三キュビトであり、柱頭の回りに網細工と、ざくろがあって、それもみな青銅で、他の柱も、網細工までも同様であった。
2518 侍従長はさらに、祭司のかしらセラヤと次席祭司ゼパニヤと三人の入口を守る者を捕らえ、
2519 戦士の指揮官であったひとりの宦官と、町にいた王の五人の側近と、一般の人々を徴兵する将軍の書記と、町にいた一般の人々六十人を、町から捕らえ去った。
2520 侍従長ネブザルアダンは彼らを捕らえ、リブラにいるバビロンの王のところへ連れて行った。
2521 バビロンの王は彼らを打ち、ハマテの地のリブラで殺した。こうして、ユダはその国から捕らえ移された。
2522 バビロンの王ネブカデネザルは、シャファンの子アヒカムの子ゲダルヤを、ユダの地に残った残りの民の上に総督とした。
2523 将校たちと、その部下たちはみな、バビロンの王がゲダルヤを総督としたことを聞いて、ミツパにいるゲダルヤのもとに来た。すなわち、ネタヌヤの子イシュマエル、カレアハの子ヨハナン、ネトファ人タヌフメテの子セラヤ、マアカ人の子ヤアザヌヤ、これらとその部下たちであった。
2524 そこでゲダルヤは彼らとその部下たちに誓って、彼らに言った。「カルデヤ人の家来たちを恐れてはならない。この国に住んで、バビロンの王に仕えなさい。そうすれば、あなたがたはしあわせになる。」
2525 ところが 七の月に、王族のひとり、エリシャマの子ネタヌヤの子イシュマエルは、十人の部下を連れてやって来て、ゲダルヤを打ち殺し、ミツパで彼といっしょにいたユダ人たちと、カルデヤ人たちを打ち殺した。
2526 そこで、身分の下の者から上の者まで、民はみな、将校たちとともに、エジプトへ立って行った。カルデヤ人を恐れたからである。
2527 ユダの王エホヤキンが捕らえ移されて三十七年目の 十二の月の二十七日に、バビロンの王エビル・メロダクは、彼が王となったその年のうちに、ユダの王エホヤキンを牢獄から釈放し、
2528 彼に優しいことばをかけ、彼の位をバビロンで彼とともにいた王たちの位よりも高くした。
2529 彼は囚人の服を着替え、その一生の間、いつも王の前で食事をした。
2530 彼の生活費は、その一生の間、日々の分をいつも王から支給されていた。

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